【遍路みち八十八】vol.40 「第十六番 國分寺(こくぶんじ)」徳島県 徳島市
遍路みち八十八。
「第十六番 薬王山 金色院 國分寺」
「国分寺」は四国四県にひとつずつあります。ここは「阿波国分寺」。創建は741年。時は奈良時代、鎮護国家のため聖武天皇が日本全国に造らせたものです。総国分寺となる東大寺と大仏もこの時に建立されています。八十八ヶ所の多くの寺を開基した行基菩薩はこの折に聖武天皇が召還さしました。
境内はそんなに広くはないですが、立派な本堂が奥にそびえています。
本堂としては珍しい、お城のような重層の入母屋造り。聖武天皇、光明皇后の位牌が祀られています。
創建当初は奈良の法隆寺や薬師寺、興福寺と同じ南都の学派に属する法相宗であったが、弘法大師が弘仁年間(810〜24)に四国霊場の開創のため巡教された際に、宗派を真言宗に改めている。その後「天正の兵火」(1573〜1592)によって焼失するが、文化、文政年間(1804〜30) に再建された。現在は禅宗・曹洞宗寺院。
整然とした場所に佇む大師堂。
ご詠歌 「薄く濃くわけわけ色を染めぬれば 流転生死の秋のもみじ葉」
「第十六番 薬王山 金色院 國分寺」
「国分寺」は四国四県にひとつずつあります。ここは「阿波国分寺」。創建は741年。時は奈良時代、鎮護国家のため聖武天皇が日本全国に造らせたものです。総国分寺となる東大寺と大仏もこの時に建立されています。八十八ヶ所の多くの寺を開基した行基菩薩はこの折に聖武天皇が召還さしました。
境内はそんなに広くはないですが、立派な本堂が奥にそびえています。
本堂としては珍しい、お城のような重層の入母屋造り。聖武天皇、光明皇后の位牌が祀られています。
創建当初は奈良の法隆寺や薬師寺、興福寺と同じ南都の学派に属する法相宗であったが、弘法大師が弘仁年間(810〜24)に四国霊場の開創のため巡教された際に、宗派を真言宗に改めている。その後「天正の兵火」(1573〜1592)によって焼失するが、文化、文政年間(1804〜30) に再建された。現在は禅宗・曹洞宗寺院。
整然とした場所に佇む大師堂。
ご詠歌 「薄く濃くわけわけ色を染めぬれば 流転生死の秋のもみじ葉」
この記事へのコメント