【癒しのカフェ】vol.179 「お寺カフェ(土佐国分寺)」高知県 南国市 国分
カフェネタ。南国市にある第二十九番 土佐 国分寺の境内、納経所のある庭園に「お寺カフェ」があります。
国分寺は、741年奈良時代に45代聖武天皇が仏教による国家鎮護を目的として全国に造らせた寺院。時代的には弘法大師よりも前、高僧行基の時代です。推古天皇が仏教を広めたのち、こうして全国六十ヶ所以上が国分寺として各地に残っています。東京の国分寺、香川の国分寺。四国は八十八ヶ所に讃岐、伊予、土佐、阿波・・・四県それぞれの国分寺が含まれています。
国分僧寺と国分尼寺をセットで造らせました。国分寺の総本山は奈良の東大寺、国分尼寺の総本山は法華寺。ほぉ、そうだったんですね。国分寺は国司が滞在する国府の近くに置かれたので、現在でいう官庁街といった場所でしょうか。土佐国分寺は土佐日記で知られる紀貫之が国司として4年滞在した場所です。讃岐国分寺は、菅原道真が国司としていましたね。
お寺の座敷がカフェとして一般の人にも開放されています。
緑豊かな静かな庭園。癒されますねぇ。まさに「癒しのカフェ」。
ここまでのお寺にもカフェらしきものは数軒ありましたが、ここが一番ですね。
カフェの営業時間外は、句会や檀家の集まりに使われる座敷のようです。
私の前と後にお客さんが数名いましたが、帰った後は私ひとりで雰囲気を楽しんでいました。暑くもなく寒くもなく、ちょうど心地よい季節です。この時期に八十八ヶ所を回るのはいいですね。
ホットコーヒー500円。コーヒーマシンによるものでしょう。
ここで般若心経を見ながら、「色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。」この部分が好きだなぁと感じていました。
やっぱりこの感じをパッと見ると「せぶぅいぃこぉん。こぉんぶぅいぃせ。せじぃしぃこぉん。こぉんじぃしぃせ。」と言ってしまいます。実際、これは中国語です。
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象であり得るのである。実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。
だから、すべての物質的現象というものは、すべて実体がないといえる。すべて実体がないということは、物質的現象なのである。
これと同じように、感覚も、表象も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。
三体の物理学者のようですね。そうです。釈迦は本来、哲学者であったと言われています。後の寺院の者が釈迦を神格化し、偶像崇拝させ、尾ひれをつけて仏教を作り上げた・・・といえば納得がいきます。たぶん、他の宗教も似たようなものではないかと私は感じています。
私の八十八ヶ所の旅もいよいよ核心に迫ってきました。(笑
「お寺カフェ」
住所:高知県南国市国分546
交通手段:JR土讃線 土佐長岡駅から2,164m 徒歩27分
電話:088-862-0055
営業時間:9:00〜16:30
定休日:不定休
ウェブサイト:https://www.tosakokubunji.org/cafe.html
国分寺は、741年奈良時代に45代聖武天皇が仏教による国家鎮護を目的として全国に造らせた寺院。時代的には弘法大師よりも前、高僧行基の時代です。推古天皇が仏教を広めたのち、こうして全国六十ヶ所以上が国分寺として各地に残っています。東京の国分寺、香川の国分寺。四国は八十八ヶ所に讃岐、伊予、土佐、阿波・・・四県それぞれの国分寺が含まれています。
国分僧寺と国分尼寺をセットで造らせました。国分寺の総本山は奈良の東大寺、国分尼寺の総本山は法華寺。ほぉ、そうだったんですね。国分寺は国司が滞在する国府の近くに置かれたので、現在でいう官庁街といった場所でしょうか。土佐国分寺は土佐日記で知られる紀貫之が国司として4年滞在した場所です。讃岐国分寺は、菅原道真が国司としていましたね。
お寺の座敷がカフェとして一般の人にも開放されています。
緑豊かな静かな庭園。癒されますねぇ。まさに「癒しのカフェ」。
ここまでのお寺にもカフェらしきものは数軒ありましたが、ここが一番ですね。
カフェの営業時間外は、句会や檀家の集まりに使われる座敷のようです。
私の前と後にお客さんが数名いましたが、帰った後は私ひとりで雰囲気を楽しんでいました。暑くもなく寒くもなく、ちょうど心地よい季節です。この時期に八十八ヶ所を回るのはいいですね。
ホットコーヒー500円。コーヒーマシンによるものでしょう。
ここで般若心経を見ながら、「色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。」この部分が好きだなぁと感じていました。
やっぱりこの感じをパッと見ると「せぶぅいぃこぉん。こぉんぶぅいぃせ。せじぃしぃこぉん。こぉんじぃしぃせ。」と言ってしまいます。実際、これは中国語です。
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象であり得るのである。実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。
だから、すべての物質的現象というものは、すべて実体がないといえる。すべて実体がないということは、物質的現象なのである。
これと同じように、感覚も、表象も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。
三体の物理学者のようですね。そうです。釈迦は本来、哲学者であったと言われています。後の寺院の者が釈迦を神格化し、偶像崇拝させ、尾ひれをつけて仏教を作り上げた・・・といえば納得がいきます。たぶん、他の宗教も似たようなものではないかと私は感じています。
私の八十八ヶ所の旅もいよいよ核心に迫ってきました。(笑
「お寺カフェ」
住所:高知県南国市国分546
交通手段:JR土讃線 土佐長岡駅から2,164m 徒歩27分
電話:088-862-0055
営業時間:9:00〜16:30
定休日:不定休
ウェブサイト:https://www.tosakokubunji.org/cafe.html
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