【続・香川あっちこっち】vol.87 瀬戸内国際芸術祭2025 秋会期「伊吹島」その2

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瀬戸芸ネタ。伊吹島のつづきです。

2025年、瀬戸芸もいよいよ今日が最終日です。この伊吹島の後、粟島、直島経由、宇野エリア、小豆島経由、豊島へ行きました。さすがに作品全部のスタンプラリーコンプリートはできませんでしたが・・・・あ、今回は3年前に行った本島は行ってないです。それ以外の行ってない島へ行くことを目的にしていましたので・・・で、一応、今回の目的は達成して、瀬戸芸開催の島は全て行くことはできました。スタンプラリーは248個のうち、196個でしたね。各エリアの期間限定イベントスタンプが18個押せてないです。本島が14個。なので、春、夏、秋会期の約3ヶ月でまぁまぁ回れてはいますね。オールシーズンパスポート5,500円で十分楽しめました。前売りで買えばよかった。4,300円だったのに。3年後の次回は前売りで買いましょう。

瀬戸芸がなければ伊吹島へ来ることもなかったでしょう。そういえば、日本人で回っている人はどうも県外の人が多いのですが(言葉遣いでほぼわかる。)「前に来た時は・・・」というのを聞くので、過去の瀬戸芸に来たことがあるリピーターのようです。2010年から3年おきに6回目。まぁ、そういう人もいるでしょうねぇ。私は高松に帰ってきた2019年に間に合わず、前回の2022年から参加の新参者ですね。そうそう、伊吹島に来る人は船の中でも感じましたが、日本人観光客が多い。やはり電車を使って、ここだけのために観音寺経由で来るのでハードルが高いのかもしれません。粟島は多度津なので外国人はまだ多かったかな。伊吹島は他の島と違って、周りに小島がないので絶海の孤島の雰囲気があります。そこが県外観光客に人気なのかもしれません。さぬきうどんのいりこ出汁に使う「いりこの島」ですしね。

「いりこの島」、伊吹島。標高はそんなに高くないので、坂道は続きますが、まぁ高見島よりは傾斜も緩く、耐えられそうです。

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雨が降っていましたので・・・喫煙所のある公民館で一休み。

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ここがまた昭和のテイスト満載の公民館で・・・・昔懐かしい雰囲気です。うちの方にはもう残ってないですね。

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給湯室のような・・・

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昭和の台所やん?こういうのももうないですねぇ。ガスコンロも絶滅しそうです。

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この廊下の雰囲気も懐かしい感じが。

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ステージがある大広間が休憩所になってます。島民の方が集会に使うんでしょうねぇ。

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「ようしょく焼き」を食べてた時におばあちゃんが話していた太鼓台、ちょうさの写真がありました。これ、平成17年に観音寺の琴弾公園に行ってますね。立派なちょうさです。

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入口にいりこの顔出しパネルがありました。(笑 うららのいりこは日本一じゃけん。ほんとに伊吹島のいりこは日本全国で使われているようですね。すごいことです。「うらら」・・・・「私たち」の意味。伊吹島に残る平安言葉のひとつのようです。

平安時代よりも前から瀬戸内海は朝鮮半島や中国大陸と交流する上で重要な海路となっていたので、様々な文化の影響を受けていたようです。昔の交通手段は船がメインでしたからねぇ。有名な塩飽水軍が近くにいますね。

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タバコを吸ってるとサビ猫が軒下で雨宿りしていました。伊吹島も猫が多い島のようです。

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次の作品は「イリコ庵」。2013 年に《伊吹しまづくりラボ》を手がけたみかんぐみが、2016 年に建設した「島の小さな集会所」。建築素材に、イリコの乾燥に使われていたせいろなどを使用している。鑑賞者の休憩所としても利用できる・・・・そうです。

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基礎をしっかり作った屋根瓦の建物です。さすがは建築設計事務所。これも現代アートといえば現代アートか。

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天気が良ければ眺めもいいんですが・・・真っ白で見えん。木のベンチのモニュメントは・・・いりこをイメージ?

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雨の中、ゆるい坂道をのぼって・・・

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お寺と神社がありました。古来、日本では神道が唯一の宗教であり、後に大陸から帰化人の信仰する仏教が入り・・・弘法大師の少し前ですね・・・・神仏習合により神社に付属してお寺が作られることが全国的に広まったそうです。しかしながらいつの時代も宗教にはトラブルがつきもの。廃仏論から江戸時代末期に神仏分離の思想が広がり、明治時代には政府から「神仏分離令」が出され、神社に隣接するお寺の多くは取り壊されたようです。ただ、地方によってはこうして残っているものも少なからずあるようですね。

お寺、西の堂と荒魂神社の間にあるのが・・・・太鼓倉。太鼓台が収められている倉です。ここに保管されてるんですねぇ。

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次の作品までは住宅地を抜けていきます。ほんとに瀬戸芸がなければここには来ないでしょうねぇ。貴重な経験です。

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島の反対側に出てきました。港から直接歩いてきたら15分か20分くらいでしょう。島の住宅地はその辺りまでにあります。ここから見える海は島の北側の燧灘。

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こんな道を降りていきます。

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え?この先?

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作品が見えてきました。「伊吹産院」と書いてあります。

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「伊吹の樹」長崎県出身の栗林隆氏の作品。武蔵野美術大学卒業後、ドイツに渡りデュッセルドルフ・クンストアカデミー修了、マイスター取得。インドネシア在住の武蔵野美術大学客員教授。

屋外、巨大モニュメント系の作品です。2019年に製作。他の作品でもありますが、過去に製作した作品はあえて経年変化も含めて大きな補修は行わず、朽ちていく姿も含めて観て感じてもらうようです。なるほど、この作品の過去の画像を見ると、外装の木材は白木ですが、現在はいい感じに日に焼け、さびれ・・・しかも雨に濡れて・・・まったく別の姿になっています。

この場所は「出部屋」という出産前後の女性たちが集団生活し、養生する場所だったようです。

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無数の木片で覆われた大木を形作る内面は、無数の鏡が敷き詰められていて・・・まるで波動砲。(笑

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中を除くと万華鏡のように景色が映り込みます。天気が良ければ空と海が見えたはずですが・・・・真っ白。

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その時に大勢の集団がやってきました。瀬戸芸あるあるです。時々、こういう状態に遭遇します。ゆっくり観るために通り過ぎるのを待つしかないですね。

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その中に船で会話した北京の女子二人がいました。彼女たちも私に気がついてお互いに挨拶を交わして、スタッフの作品に対する説明を聞きました。もちそん日本語です。スタッフの人も中国人だとは気づいていなかったようです。

私が彼女たちに中国語で

「聞き取れた?」

と聞いたら

「少しね」

と笑っていたので、私が中国語で補足しました。瀬戸芸に来る中国人・・・・高そうなデジタル一眼レフを必ず持っていますね。そういえば芯芯ちゃんも持ってたなぁ。私はそこまで写真にはこだわりはないので・・・というか、わざわざ重いカメラを持って移動するのがありえないので・・・i-phoneで十分と思ってます。まぁ、凝ればいい写真は撮れると思いますが、私は写真はタイミングとカットが重要だと思ってます。ブログの画像はそのタイミングを切り取ったものになってるかなぁ。

一眼レフを構える中国小姐は、何度も角度を変えて撮っていましたね。万華鏡の様子をいろいろ撮ったんでしょうね。

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さて、次の作品は・・・・さらにこんな道を歩いて移動。クルマでは通れない島ならではの生活道路。おもしろいです。

・・・・その3へつづく。

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